ヘブライ大学・爆弾テロ

そのとき、現場は



今年7月31日、エルサレムのヘブライ大学校内のレストランで爆弾テロが起きた。
7人の死者が出たその現場に、偶然にも知り合いのU太郎くんがいた。
同大学に留学中の彼が夏休みに一時帰国した際に、
事件の状況とイスラエルの現状などを聞いてみた。
(インタビュー実施日・2002年8月12日)



U太郎 その日は午後1時まで授業があって、2時から試験だったので、日本人の友人と一緒にレストランで遅い昼食をとっていたんです。1時45分くらいに、ぼくがたまたま荷物を置いてコーヒーを買いに行ったときに、轟音とともに赤い光がパッと見えて、すぐに出口から逃げて。
 友だちの様子を見に戻ったときには、もちろんみんなもう外に逃げてたんですけど、中にすでに人が入っていて、救助を始めてました。たぶん周りにいた大学職員とか食堂で働いていた人でしょう。被害者のうち動ける人は自分で外へ出て、何人かがまだ現場で倒れていて、その人たちの救出のじゃまになる机やイス類を脇のほうへどんどん放り投げていました。

 −− ケガはなかったの?
U太郎 ぼくはちょうど物影になる位置にいたので大丈夫でした。ぼくの席の近くに座っていた知り合いの女性は、「耳が痛い」といって病院に運ばれました。

 −− 凄い状況だったんだろうね。
U太郎 凄かったです。壮絶でした。もちろん怪我している人は悲鳴を上げてるんです。でももっとひどい、血だらけの人は騒ぎようがないんです。実際に何人もカフェテリアの前に運ばれてきて、血だらけの人も何人もいて、彼らは騒ぎようがないんです。周りの人たちも騒ぐよりも中の人たちを助けて。それと、すぐに警察なりなんなりが来て、人だかりに対して安全な場所に移動するようにと。人が集まると危険なので。

 −− 新聞記事には7人が亡くなって、88人の負傷とあるけど、友人たちも入っているのかな。
U太郎 入っていないと思います。現場にいた日本人の友人たちは試験会場に行きましたから。

 −− ええっ、試験は普通にやったの?
U太郎 時間を遅らせてですが。

 −− そんな目に遭いながら試験を受けに行く友人も友人だけど、テロがあっても試験を実施するという大学当局の姿勢も凄いな。
U太郎 それは学生が望んだからだと思います。

 −− テロに屈しないという意識もあるのかな。
U太郎 現場にいたのはわずか100人ですから。学生のみんながその場にいたわけじゃないんで、人によっては自分は関係なかったと。あと「ここまできたら(単位を)とらなきゃ」というのがあるんじゃないですか。これはこれ、それはそれ、で。

 −− U太郎くんも試験を受けたの?
U太郎 いえ。バッグを置いたまま友だちを探していたら、そのうちに警備の人間とか警察が荷物を集め始めて、ぼくのバッグも警察のほうに行ってしまって。おかげで試験どころではなくなっちゃいました。

被害者の多くは留学生だった

 −− 被害に遭った学生さんは、どんな人たちだったんだろう。
U太郎 死者7人のうち、イスラエルの学生さんは2人、残りの5人は海外から来た生徒です。

 −− ほとんど留学生だったんだ。
U太郎 あの時期は、夏休みの集中講座が2つあったんです。6月末〜8月頭のものと、8月頭〜9月半ばのものです。前半のほうはアメリカから来る人が多く、エルサレム市内の旅行をしたり、集中講座もイスラエルの文化に触れる内容だったりと、イベント的な要素があるんです。後半のほうはヘブライ語だけの集中講座で、基本的に海外から来てヘブライ大学に入る学生さんが、カリキュラムとしてそこで一回集中講座を受けるものです。
 7月31日というのは、前半のコースが終わる前日なんです。同時に後期の登録とかも始まっているので、両方の人たちが集まっていたんです。イスラエルの正規の学生さんたちは、ちょうど試験も終わって夏休みに入り始めた時期だったので、ほとんど海外から来た人たちが犠牲になっています。

 −− そのへんの事情を知っていたのかな。
U太郎 ただよくわからないのが、なぜイスラエル人学生が少ない時期なのかです。たとえばエジプトのルクソールであったテロ(注1)のように、海外から来る観光客にストップをかけることを狙ったのであれば、ずいぶん下調べがよくできている瞬間を選んでいます。

 −− ちょうど留学生でごった返している時期ってことは、犯人は学生にまぎれてやってきたのかな。
U太郎 学生にまぎれることもできますし、レストランや事務関係など校内で働く人もいますから。人の出入りも結構多いんです。図書館なんかも、その気になれば一般の人でも使えるんですよ。

 −− 割合とオープンなんだ。
U太郎 入る際は必ず荷物検査をしますけど、身分証の提示はないんです。たとえば、うめざわさんがヘブライ大学に行ったとしても、荷物検査だけで入れますよ。図書館に入るときも荷物検査だけ。

 −− 荷物検査をしているから、まさか爆弾は持ち込まれないだろうという意識もあっただろうね。
U太郎 もちろん、大学だから「まさか」というのはありました。

 −− そこまでやっちゃうんだなぁ。
U太郎 そうですね。ただ、ヘブライ大学は狙われていると前から言われていました。あと、フレンチヒルズというところの立体交差のあたり。実際、立体交差では3回テロが起きていて、ぼくもバスが爆発するのを見ています。バスの通りが多い交通の要だから、狙われるんです。

感情をストップしている状態が続く

 −− 大学の現場に戻るけど、U太郎くんは炎がたつ瞬間も見ているし、煙が立ちこめているところにも足を踏み入れている。そういう状況を一言でいうと、どう?
U太郎 その一言がけっこう難しいんです。共同通信の記者にも同じことを電話で聞かれたんですが、一言で言いようがないんです。

 −− ありきたりの言い方をすれば、背筋がぞっとするとか、足がすくむとか。
U太郎 今までの現地での生活を通して、自分で自分の感情をある程度ストップさせている面があると思うんです。正直言って、一年前までの日本にいた時期の感情では情報を処理できない状況です。

 −− 「現実のものとして捕らえたくない」みたいな感覚かな。
U太郎 頭で考えることはできても、心で考えることができない状況になっています。

 −− バーチャル(仮想現実)とは違う?
U太郎 違います。情報をあくまでも情報として捕らえてしまう。ちょっと前に、2〜300メートル先でバスがボーンと爆発したことがありました。そのときも「バスが爆発した」という事実は理解しているんですが、そのことに対して、なんて言っていいのかわからないんです。「感想を述べよ」と聞かれたら、心のことになるじゃないですか。でも心がストップしているから。

 −− 事実に対してどう感情が動いているかを口にすることができない。
U太郎 そうですね。大学での事件のことも、いま聞かれても、もうちょっと時間がかかるんじゃないですか。もうちょっと時間がかかる。

 −− 感情をストップしているというのは、意識してのこと?
U太郎 いえ全然。無意識に。イスラエルとパレスチナの問題について聞かれることがあるんです。ジェニンの問題(注2)とか、軍事作戦を展開して無関係の市民が巻き添えを食っているけどどう思うとか。正直言って、善悪の問題では割り切れないんです。「誰だれが悪い」といったところで、問題が解決するわけでもない。
 感情的になってしまえば、大学で爆弾テロなんて「パレスチナの連中は何考えてんだ」となります。でも記憶が正しければ、爆発が起きたときに警察が来る前に救助に入っている人間にも、たぶんパレスチナからヘブライ大学にきて働いている人たちも参加していたと思うんです。イスラエルとパレスチナとを分けてしまえば、いちばん困るのはパレスチナの労働者たちです。そういう現実を考えると、善悪だけでは割り切れない。感情をある程度ストップさせて、現実的にどうするのが妥当なのかというラインで考えるんです。そうすると、感情的なものでなく、理論的に、「こうやったらこういう結果がでるだろう」となる。

 −− それはU太郎くんが留学生の立場だからそう思うのだろうか。それとも現地の人たちはみんな同じような感情なのかな。
U太郎 人によると思います。知り合いのイスラエル人なんかは、「アラブ人は動物だ」といっています。

 −− 偏見も入っているよね。
U太郎 でもそれが彼らの感情なんですね。それが実際の普通の人間の姿だと思うんです。

 −− 犯行声明を出しているのがパレスチナ組織だし。
U太郎 憎しみあうのも当たり前だと思います。

 −− そう思っていない人もいるのかな。
U太郎 ある意味、兵役拒否をしている若い人たちは違いますね。兵役には参加しているけれども、難民キャンプなどでの任務を拒否する人たちもいます(注3)。

 −− まだ主流ではないんでしょ。
U太郎 主流ではないです。ただそれを表だって発言することなど今までは滅多になかったんで、その意味では氷山の一角みたいなものじゃないですか。実際にそう思っている人たちは多くいるけれども、行動に起こすのは一握り。日本もそうですよね。

希望を持たせることがテロ解決のカギ

 −− 大きな話になるけど、パレスチナ問題の解決策って、どう考える?
U太郎 まずは報復攻撃で被害を受けている人たちに対するケアから始めていくことじゃないですか。テロが起きてその報復攻撃が起きて、家がなくなった人たちに対するケア。向こうのテロの場合、ホントかどうかはわかりませんが、基本的に貧しさが病巣になっていると言われているので、雇用をつくるなりなんなりして貧しさをまず解決する。そこからじゃないですか。
 そのためには、パレスチナ領内に日本が出資して工場を造るのであれば、そこは爆撃しないという条件をイスラエルと取り付ける。そういう具体的なことを積み重ねていくしかないんじゃないですか。

 −− 占領地からのイスラエル軍の撤退というのはどうなんだろう。それが実現しない限りは抵抗を続けると言ってるけど。
U太郎 占領地から撤退しても、テロリストたちはテロを続けると思うんです。ただ目標が変わるだけで。

 −− もはやレジスタンスとはいえないと。
U太郎 テロを民族の抵抗運動というかどうかという議論があったりしますが、ちょっとナンセンスという気がします。民族そのものがテロを望んでいるかというと疑問ですから。むしろ抵抗運動をすることが、テロリストの生き甲斐じゃないかと思います。
 最近何が問題かというと、テロリストというのはごく一部の集団なのに、彼らを支持する人間が増えて、女性や大学生が自爆テロをおこなうみたいに、「プロ」でない素人が参加していることなんです。そういう素人の参加を少なくするために、失業率を下げたり、雇用を増やす。つまり絶望的な状況からまともな状況にシフトしていく。そういう方法が必要だと思うんです。とりあえず生活レベルが上がっていけば、テロに参加する人たちがだんだん減っていく。そのあとで問題になってくるのが、少数の突っ走っている連中をどうするかです。

 −− なるほど。
U太郎 問題は腐るほどあるんで、テロを起こすにしてもどんな理由でもいいんです。

 −− たとえばどんな問題が。
U太郎 イスラエルは軍隊を撤退させろとか、分割案をこうしろとか。ほかにも、パレスチナ側はイスラエルでまだ水の使用量を規制されているんです。

 −− 水が資源だと言うこと?
U太郎 そうなんです。だからイスラエル側に地下水を汲み上げる量を決められれているんです。これをどうもっていくか。たとえば水の問題だったら、海水から真水をつくる技術とかあるじゃないですか。とくに日本では進んでいる分野なので、そういうかたちの援助もできるわけです。日本の援助というのも、どこか抜けています。

 −− 日本はアメリカの顔色を見ながら援助しているのでは。
U太郎 ただパレスチナへの援助国としては上のレベルです。金額ではなく物資を出しているようです。

 −− 人道的援助ということだね。
U太郎 そうです。イスラエルにしてみれば、物資の支給なので、武器を買うのに転用することもないから、好ましい援助なんです。ぼくもそのほうがいいことだと思います。ただもっと水なりなんなりで、できると思うんです。そのあたり情報を持ってないのでよくわかりませんが。

割り切らないと生きていけない

 −− U太郎くんはヘブライ大学に通い続けることをどう思っているの?
U太郎 危ないとは思います。

 −− 怖くない?
U太郎 怖いのもあります。

 −− でもとりあえず勉強がしたいと。
U太郎 たしかにこういう状況ですが、こういう状況であるが故に、イスラエル人が感じていることはリアルに感じられます。テロの恐怖とはどんなものかは、実際にテロに遭ってみないとわからないじゃないですか。

 −− ぼくからすると、みんなよくそこで勉強していられるなと。
U太郎 みんな覚悟の上で生きてるんじゃないですか。もちろん、たまたま夏のコースに参加していた人の中には、事件を知って涙をポロポロ流していた人もいます。たしかにショックを受ける子はショックを受けますけど、人によっては「それはそれ、これはこれ」で割り切って試験を受けて。

 −− もし荷物がなくなっていなかったら、U太郎くんも試験を受けていた?
U太郎 ぼくもたぶん受けたでしょう。

 −− 勉強の鬼だから、というのとは違うよね。
U太郎 これはこれ、それはそれで割り切っていかないと。そういう意志がないと生きていけないという現状がありますから。
 ただ、ぼくはこうして一時帰国して、いまは安全なポジションにいます。なんだかんだ言っても、ぼくは向こうにいても逃げ場はあるんです。けど、向こうで暮らしている人たちは、それが日常で、ずっと継続しているんです。そんな彼らにしてみれば、何ともいえない感情があるでしょうね。


注1・ルクソール観光客テロ事件  1997年11月17日、エジプト南部の観光地ルクソールで起きた事件。待ち伏せしていた過激イスラム原理主義組織「イスラム集団」が、200人を超える外国人観光客に向け自動小銃を乱射、日本人10人を含む62人が殺害された。

注2・ジェニン侵攻  2002年4月3日、イスラエル軍はヨルダン側西岸地域にあるジェニン難民キャンプに侵攻。11日にパレスチナ側が降伏するまで徹底的に破壊を繰り返し、およそ500軒の家が破壊されたという。同キャンプは1キロメートル四方に1万5000人が住んでいた。パレスチナ側は数百人が虐殺されたと主張するが、イスラエル側は数十人のテロリストのみと反論する。

注3・イスラエルの兵役  イスラエルには兵役の義務があり、男子は18歳から29歳までの間に36か月、女子は既婚者を覗き18歳から21歳までの間に21か月の兵役に就く。ただしイスラム教徒は義務ではなく志願者のみ。また神学校の生徒は兵役が免除される。最近の動きとして、義務である兵役を拒否したり、兵役には就くが占領地への赴任を拒否する者が出てきている。イスラエル人の中にも、占領政策を疑問視する人たちが増えてきているようだ。
(2002年10月・投稿誌『言わせろ』80号)



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