09/06/24  脳死と臓器移植


 もしうちの子どもが、致命的な病気だと判明し、臓器移植をしないとあと何年も生きられないとわかったら、どうするか。
 実際に切実な状況にならなければ、自分が考えることなどわかりはしないが、それでも想像してみる。

 やはりまず第一に、移植してもらうことを考えるだろう。しかし、日本国内では臓器提供者が少なく、時間切れになる可能性が大きい。そこで激しく悩む。海外に渡って提供者を探すか? その費用はどうする? 友人やマスコミにも頼んで工面するか? 細君はどう考えるだろうか、両親はどうだろうか。いやそれ以前に、当事者である子どもはどう考えるだろうか…。
 考えるまでもなく、本人は「生きたい」と願うはずだ。ならば、何を差し置いても生かしてやりたいのが、親の願いだ。何を差し置いても…。

 臓器移植を推進する患者の声は、この一点に集約できるだろう。
 この声は当然、ぼくも理解できるし、同情もする。
 ただ……それでも、「脳死は人の死」と認めることには、同意できない。
 矛盾だが、しょうがない。

 立場を変えて考える。

 もしうちの子どもが、致命的な病気に罹り、あるいは事故に巻き込まれ、脳死状態に陥ったとしたらどうするか。
 実際に切実な状況にならなければ、自分が考えることなどわかりはしないが、それでも想像してみる。

 うちの子どもが病室に横たわっている。心電図は規則的な波動を表している。顔色も良く、人工呼吸器を使ってだが呼吸もしている。しかし脳波計は反応しない。そんな状態が、何日も続いている。
 医者に言われる。「お気の毒ですが、お子さまは脳死状態となっています。人工呼吸器を外したら、いずれ心臓も停止します。回復の見込みは、現時点ではありません。ただ、お子さまの臓器を他の患者さんに移植すれば、その患者さんの体内で、お子さまの体の一部は生き続けます。……できましたら、臓器を提供してはいただけないでしょうか」

 分かりました……と答えるわけがない。
 機械の助けを借りているとはいえ、呼吸をし、心臓が鼓動を打ち、細胞が生き続けている我が子は、死んでなどいないのだ。
 人の生き死には、理屈じゃない。感情だ。生死に直面している当人だけでなく、その周囲に立ちつくす者の心の中にも、判断基準がある。
 意識はなく、回復の可能性もほとんどないかもしれないが、まぎれもなく、我が子はまだ生きている−−。
 そう思う、いや、そう思いたいに違いない。

 そういう“悪あがき”を続けているうちに、臓器移植を待っている患者がより重篤な状態となり、命を落とすかも知れない。そんな患者の身内の心情を察すると、身を切られる思いがする。
 だが、自分も同じように身を切られる。我が子の命を、自ら医師に申し出て決定的に断ち切るなんて、できるはずがないじゃないか。
 「早く死んでくれ、そうすれば別の命が助かる」
 そんな申し出に、素直に応じられるはずがないじゃないか。


 臓器移植提供者を待つということは、どう言いつくろっても、他人の絶対的な「死」を期待することに他ならない。
 不勉強な議員が数に任せ、“使える臓器を捨てるのはもったいない”的な感覚で重大な決定をするなんて、許せない。

 現時点での臓器移植法では、助かる見込みのない命ならば、他人に譲ってもいい、という「究極の善意」を表明した人のみ(ドナーカードを持っている人のみ)、ドナーとなることができる。
 このギリギリのラインを引き下げるのであれば、何年も議論をし、関係者の意見を聞き、世論にも問うべきだ。
 こんなぼくの心情−−おそらく多くの親の心情でもある−−を納得させることができるのであれば、脳死を人の死と認めることもやぶさかではない。
 多数決で押しつけられたところで、容認などするものか。



09/06/22  読み終えて至福のひととき


 有川浩「海の底」(角川文庫)を読み終えた。
 また1人、面白い作家と出会うことができたと、とても嬉しい気分。

 米軍横須賀基地に突如として、全長1〜3メートルの巨大な“ザリガニ”が大挙して上陸、人間を襲い始めた。
 “ザリガニ”の市街地への襲撃を食い止めるべく、バリケードを築いて奮闘する警察官たち。自衛隊出動の根拠を延々と議論し続ける官邸、爆撃も辞さない構えの米軍。そして、自衛隊員とともに潜水艦の中で孤立し、複雑な人間模様を描く子どもたち…。
 あらすじを書き出すと、トンデモ怪獣のパニックものみたいだけど、それが全然違うんですよ。リアルに徹して状況が描かれ、緊迫感たっぷり。キャラクター設定も実に巧み(気になる人物も中にはいるけど)。ユーモラスな言動の組み込み方も絶妙。
 SFのようであり、サスペンスでもあり、アクションものでもあり。「ジャンルの垣根を跳び越えたスーパーエンタテイメント!!」というカバーの惹句は大正解だ。

 有川浩というと、「図書館戦争」が有名だが、こちらは未読。文庫になったらすぐ読むつもり。
 ところでこの人、女性なんですね。「海の底」を読みながら、ずっと男だと思っていた。優れた作家は、そういう部分も読み手に意識させないんだな…と知った。



09/06/19  臓器移植法案


 「脳死を人の死と認める」法案が、衆議院を通過した。
 最近になってにわかに騒ぎ始めたように感じていたが、なんでも法案じたいはたしか3年前に提出されていたという。それから長いこと棚晒しにしておいて、急に(と感じる)ドタバタと採決している。
 衆議院で与党が多数派を占めているうちに、かけこみでやっちまおうという意図がミエミエだ。
 まもなく任期が切れる議員たちが、ロクに審議もせずに、こんな大事なことを決めていいのか、と腹が立ってしょうがない。

 以下、「きっこのブログ」(http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/)6/19より転載。

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「自民党議員の9割が勉強会を欠席」(世田谷通信)

 18日、臓器提供の要件を緩和するA案からD案までのうち、もっともハードルを下げる「脳死を人の死」とするA案が衆院で可決された。しかしこのような人の命に関する最重要法案であるのにも関わらず、自民党議員の9割が事前に勉強や議論をせずに採決に臨んでいたことが分かった。自民党では今回の採決を前にして臓器提供に関する勉強会を開催したのだが、衆参両院で386名いる自民党議員のうち、この勉強会に参加したのは僅か1割の40名だけであった。ある中堅の自民党衆議院議員は「支持率急落の中で総選挙を迎えようとしているのに勉強会どころではない」としているが、このような感覚の議員が300名近くも参加した採決で人の命に関する法案が簡単に決められてしまうことに懸念を感じている医療関係者も多い。なお日本共産党は「議論が尽くされていない」と採決を棄権し、社民党は全員が反対票を投じた。民主党も反対票が賛成票を上回っているため、今回の可決は自民党議員の票による結果と見られている。(09/6/19)
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 脳死と臓器移植については、別の機会に書いてみたい。
 とりあえず今日は、とにもかくにもさっさと解散総選挙を行え! いい加減な国会運営はもうやめろ! と強く言いたい。



09/06/16  こんどはテッド・タナベが


 14日夜、大阪プロレスの名物レフェリー、テッド・タナベが、メインイベントのレフェリングを終えてリングを下りた直後に倒れ、意識不明状態に。翌15日、搬送先の病院で死亡した。
 奇しくも、三沢と同じ享年46。

 タナベレフェリーは心臓に持病があったというから、過労がたたって心臓がギブアップしてしまったのかもしれない。

 連日の悲報に接し、長年のプロレスファンとして落ち込む一方だ。



09/06/15  三沢光晴死亡


 日曜日の朝刊で「心肺停止」の記事を読み愕然となり、いつも覗いているネット掲示板をケータイでチェックし、死亡したことを知った。
 ありえない、信じられない。呆然となった。

  まだ、何も言えないです。
  ただただ信じられない…

 そう書き込みした。

 世界一受け身が上手いプロレスラーと呼ばれていた。
 全日本・四天王時代からずっと、強烈な打撃戦を制してきた不屈の闘志。
 看板レスラーとなってから、怪我を押してでも出場し続けた責任感。
 誰もが認める人望と、人間の大きさ。それでいてエロ話が好きな気さくさ。
 プロレス界全体の衰退を嘆き、復興のためのシステム作りに腐心してきた。

 三沢光晴という、生けるレジェンドレスラーが、本物のレジェンドになってしまったらしい。
 信じられない。信じたくない。



09/06/12  MPさん?


 困ったちゃんだな…とは思っていたが、最近その度合いが高じてきて、もはやモンスター・ペアレント(以下MP)かと疑われる人がいる。

 子どもどうしの他愛もない諍いに、いちいち口出しし、しまいには相手の家に怒鳴り込んでいく。習い事のスポーツ教室の指導方針や昇級審査の内容に注文をつける。自分とその友だち以外の親子とつきあうと、子どもがお馬鹿になるよと、親仲間に警告する。登校班での、これまた子ども同士のちょっとした出来事に対して、注意してほしいと学校に苦情を寄せる…

 我が子可愛さの余り、周囲がまったく見えなくなり、結果、他者が唖然とするような行動をとっている。あと少しエスカレートしたら、晴れてMPの仲間入りをすることだろう。

 でまあ気になるのは、この親をたしなめる人がいないのは何故だ?ということ。
 親仲間はその先も長いつきあいが続くから、あまり言えなくてもしょうがない。でも、習い事の先生とか、学校あたりは、毅然とした対応をするのが筋だろう。でなきゃ、他の子どもたちに示しがつかない。

 かの親は、理詰めできちんと説明すれば、しぶしぶとはいえ引っ込むタイプ。なのにハイハイと言うことを聞いていたら、要求すれば通るものだと勘違いして、どんどん増長していくかもしれない。世間でMPと呼ばれる人の中には、そういうタイプも結構いるんじゃないか、なんて気がする。

 MPが問題視される一因として、対応する側の態度−−ことなかれ主義−−も大きいのでは、と思うのだった。



09/06/03  雨の日は本を買いに


 先週土曜日は、終日冷たい雨が降っていた。
 庭の草刈りとか、やりたいことはあったのだけど、できずじまい。
 家の中で家族そろって煮詰まってきたので、気分転換したいなぁと「どこか行きたいところがあるか」と子どもらに聞く。すると娘が「ブックオフに行きたい」と(チェーン展開しているリサイクル書店)。
 よっしゃ〜とばかり、子どもらを連れてクルマで出かける。

 娘の目当てはマンガ本。最近集め始めた「テニスの王子様」の単行本を探したいのだ。息子は児童書のところで立ち読みして、欲しい本を自分で選ぶ(買ってやると言わなくても)。彼は床に座り込んだりとかのマナー違反はしないから、独りにしておいても心配はない。
 ということで、ぼくは文庫の棚をひとしきり眺める。100円均一棚を端から端まで眺めたら、1時間半くらい経っていた。

 今回は豊漁。都合10冊選んだ。全部文庫。

◎真保裕一「震源」
◎荻原浩「メリーゴーランド」
◎野田知佑「ガリバーが行く」
 このへんはお気に入り作家につき、未読作は迷わず購入。

◎横山秀夫「真相」
◎熊谷達也「相克の森」
◎小川一水「ファイナルシーカー」
 これまでに1、2冊読んで、面白かったのでもっと読みたいと思った作家たち。

◎藤原伊織「テロリストのパラソル」
 名前は聞いたことがあるが、未読だった作家。このところ読む本が、事件絡みのミステリーに傾きつつある。ということでチョイス。

◎佐藤多佳子「サマータイム」
 気になりつつも、手を出さなかった作品。最近知人に「面白かったよ」と言われ、それじゃぁと買ってみる。

◎山本譲司「獄窓記」
◎晴留屋明「殴られ屋」
 山本譲司は、「累犯障害者」を読んで、その本で提起された問題の根深さを思い知らされた。ならば、その本の原点といえる「獄窓記」も読みたいと思い、探していた(新刊ならあるんだけど、文庫とはいえ高いから…)。
 「殴られ屋」は、なぜそんな商売をするのかに興味をもって。


 その他、娘が「テニスの…」を4冊、息子が図鑑を選ぶ。
 豊漁で気が大きくなり、「よっしゃ、全部買ってやる」と宣言。子どもらは大喜び。彼女らのぶんは、全部足しても数百円。それで喜ばれるなら安いものだ。

 ちなみに、息子が選んだ図鑑は、スティーブ・パーカー編「動物の体内をさぐる 驚異の大断面」(東京書籍)。これがめっぽう面白い。
 クジラ、ゾウ、カメ、ヘビ、クモ、ミツバチ、ヒトデ、トリケラトプス(!)など21種類の動物の、骨格や内蔵、筋肉の配置や付き方を、立体的に描いたイラスト図鑑。生々しい感じではなく、むしろユーモラスに描かれている。
 「ヘビはなぜ自分の頭より大きな獲物を飲み込めるのか?」といったことも、機械仕掛けにデフォルメしたイラストでわかりやすく説明。いやほんと、よくできた図鑑だ。

 その晩、娘がマンガを読みふける隣で、息子と一緒に図鑑に見入ったのは言うまでもないでしょう。



09/05/29  今回のキャンプも雨


 先週末の土日(23・24日)に、つくば市内のキャンプ場に泊まってきた。
 うちを含めて4家族の予定だったが、体調不良やらなにやらが重なり、けっきょくぼくと娘と息子、女友だちとその娘という組み合わせに。
 端からは、なぜかテントを2つ使っているファミリーに見えたことだろう。

 クルマで1時間もかからない場所だから、初日ものんびりと出発。晩飯の買い物ついでにカップ麺を買って、キャンプ場でお湯を沸かして昼を済ませる。
 遅れて到着した友だち親子と合流し、テントを立ててタープを張って、子どもらはアスレチックへ。大人はさっそくビールを飲みながらダラダラと過ごす。

 晩飯はお好み焼きと焼きそば。少々焦げたが、美味しかった。箸休めは、友だち(親御さんが農業)が持参した朝取り野菜と、お好み焼きの生地にあんこをまいたもの。
 食後はビール飲みながら焚き火。子どもらは別のグループの子どもらに誘われて、肝試しに参加したり、マシュマロを焼いて食べたり、テントでトランプに興じたりと大忙し。そんなこんなで12時まで。

 翌日は雨。チャーハンを食べ、小雨に濡れながら片付けをして、ファミレスでみんなで昼飯を食べて散会した。


 とまあ、キャンプじたいはいつものとおりダラダラしたものだったけど、なんだか今回は億劫だった。

 参加者5人中、大人は2人。子どもらはすぐに遊びに行っちゃうし、何かを頼んでも要領が悪い。野菜を切るのも後片付けも、いちいち指示してやらないと進まない。
 つまりまぁ、子どもらが労力としてアテにならないぶん、いつもより気を使い体を動かすことが多かったのだ。しかも雨の中での撤収になっちゃったし。

 次回からは、きちんと段取りを考えて、子どもらにもガッツリ働いてもらうか、道具を減らして準備と片付けの手間を省くようにしよう。
 そうでもしないと、しまいには出かけること自体が面倒になっちゃうな…と思うこのだった。



09/05/13  民主党の小沢代表辞任について一言だけ


 昨日のFMのリサーチで、小沢代表辞任をどう思うかと問うていた。
 その回答として、「今ごろ遅すぎる」「政治不信になった」という声が相次いで紹介された。それを聞いて。

 マスコミ報道を鵜呑みにしている人が、かなりいるんだな……と思った。

 今回の小沢さんの秘書の「事件」を、小沢さん個人の問題ととらえるのは大間違いだ。
 政治資金規正法の上では、なんら問題がない。小沢さんの側が「違法献金と認識していたかどうか」だけが争点であり、小沢さん側は真っ向から否認している。「企業からの献金だと認識していれば、小沢個人の政治資金管理団体ではなく、政党として受け取る」と言いきる。わざわざ危ない橋を渡る必然性などなく、実にもっともな言い分だ。

 それ以前に、怪しげな献金を受け取るのがおかしい、献金の額が大きすぎる、というのであれば、問題は小沢個人にとどまらず、政治家全体に広げなければおかしい。
 そもそも、国から政党交付金が支給されるにもかかわらず、手続きさえ踏めば企業・団体からの献金もOKというルール自体に問題がある。ここに手をつけない限り、「疑惑の献金」がなくなることはあり得ない。

 当然ながら、自民党はそこまでは深追いしない。自分の首を絞めることになるから。

 にもかかわらず、小沢さんを狙い打ちした理由はなにか。民主党のイメージダウン、その1点しかない。
 権力者が権力を行使して、検察を動かす。いいがかりでも何でも、秘書が悪事を働いたというイメージを流布すればOK。そのインパクトで、小沢さん、ひいては民主党に対して「お前もか!」というイメージを抱かせればいい。ダメなものどうしで政権を争うななら、経験があるほうがまだマシだ、と思わせればいい。
 そして、思惑通り、そうなった。

 かつて民主党の菅さんが、年金未納問題で代表辞任に追い込まれたのを思い出す。
 自民党に未納議員が何人もいると取りざたされ、時の総理大臣の小泉さんも、幽霊社員として知人に肩代わりさせていた(こちらのほうがよほど悪質だ)にもかからわず、事務手続き上のミスで未納となった菅さんだけが執拗に追及され、辞任に追い込まれた。
 で、コイズミはどうした? 他の自民党議員はどうした?

 小泉改革とやらに喝采を送り、与党を大躍進させ、結果、いまでは職を失い、住まいを失い、収入を減らし、食うや食わずの生活に追い込まれ、自殺者も増える一方……の大衆が、因果関係に思いをはせることもなく、今回も自民党の延命に手を貸している。

 どこまで行けば、この国は変わるのだろうか。
 どこまで落ちれば、国民の意識は変わるのだろうか。


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