■こんな本を読んだ −−2009年4月


◎荻原浩『噂』新潮文庫
香水メーカーが、自社ブランドの口コミ宣伝のために流したダークな噂。それを現実のものとする猟奇的連続殺人事件が起きて…。刑事コンビが犯人を追い詰め、まだ謎を残しつつも一件落着かと思わせておいて、驚愕のエンディングが待っている。恐るべき作者の手腕。

◎荻原浩『ハードボイルド・エッグ』双葉文庫
自称ハードボイルドの間抜けな探偵が、思いがけず巻き込まれた殺人事件が、意外な展開を見せ始め…。荻原作品は『明日の記憶』『神様から一言』『噂』そして本書と読んできたが、ジャンルや文体を超越する巧さがあると実感。いまのところハズレなし。

◎横山秀夫『クライマーズハイ』文藝春秋
飛行機墜落事故報道の全権デスクとなったローカル新聞社の記者の苦悩。大惨事に直面した新聞社の緊迫感と、社内力学をめぐる苛立ちと苦悩が、リアルに描かれる。なんというか、「男」の小説ですね。

◎森巣博『ジゴクラク』光文社文庫
ギャンブルの世界で命がけの駆け引きに身を投じるアウトローの姿に、興味がある。で、この1冊。ギャンブルとエロスで満たされた文章を読みながら、胸を高鳴らせている自分に気づき、もうすっかりオッさんだな……と苦笑い。

◎北村薫『ターン』新潮文庫
交通事故を境に、毎日決まった時間になると、1日前の同じ時間に戻ってしまう世界にはまりこんだ主人公。そこから抜け出すきっかけとなったのは、1本の電話だった…。主体がはっきりしない人物と対話しながら進む文章に馴染むまでが苦痛だったが、ラストシーンでは胸が熱くなった。

◎朱川湊人『花まんま』『都市伝説セピア』文春文庫
ある意味でダーク。でもノスタルジックで、どこかしらハートウォーミング。どちらも短編集ながら、あなどれない。けっこう好みです。

◎綾辻行人『眼球奇譚』集英社文庫
再生する人体、人肉食、眼球を集める猟期犯……といった奇譚を集めた短編集。登場するモチーフは乙一に通じるグロさがあるのだけど、なぜかずっと上品に感じる。スプラッタと思わせておいて、サイコ的な恐怖で迫ってくる、といった感じ。

◎小川洋子『沈黙博物館』ちくま文庫
まちで人が死ぬたびに無断で“収集”した遺品を展示する博物館。その設立に関わった博物館技師の心境を描いた作品。理性的な計画とは思えないのに、読み進むうちに、徐々に納得させられてしてしまう。

◎熊谷達也『漂白の牙』集英社文庫
オオカミ専門の動物行動学者の妻が、日本にいるはずがないオオカミに噛み殺さる。その「事件」の真相に迫る学者の執念を描く。設定も展開も好みだったのに、クライマックスが都合よすぎて、ちょっと残念。

◎クリス・ジョーンズ『絶対帰還』光文社
スペースシャトルの事故、ソ連崩壊などが重なり、地球を周回する宇宙ステーションの搭乗員が地球に帰還できなくなった。様々な紆余曲折と、国際的な壮大なプロジェクトによって、彼らは再び大地に立つことができるのだが、本書はその全貌をスリリングに描いたノンフィクション。

◎吉村昭『赤い人』講談社文庫
明治期の北海道。原野を開墾し、幹線道路を整備したのは、日本各地から送り込まれた重犯罪者たちだった…。犯罪者を人間扱いせず、使い捨ての労働力として命がけの過酷な作業に従事させていた、ほんの100年前の我が国の現実に身震いする。

◎森達也『メメント』実業之日本社
映像作家が2年半にわたり、「死」について考察した記録。ペットの死、友人の自殺、死刑問題、宗教など、多彩な切り口で「死」とは何かを語る。

◎森達也『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』朝日出版社
死刑を語るならば、死刑の実態を顕わにする必要がある−−。ニュートラルな立場から、死刑存置派、反対派、元刑務官、死刑囚、犯罪被害者遺族など、死刑の周りにいる人々に会い、疑問をぶつけ、論駁され、悩む。そんな作者の揺れ動く心情が、ありのままに綴られ、ともに考えさせられる。

◎篠田博之『ドキュメント死刑囚』ちくま新書
◎本田靖春『誘拐』ちくま文庫
◎毎日新聞社会部『破滅−梅川昭美の三十年』幻冬舎アウトロー文庫
◎佐藤幹夫『自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』朝日文庫
◎豊田正義『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』新潮文庫
吉村昭や森達也を読んで、死刑について、また殺人犯罪者の罪と罰、犯罪が起こる構図についての関心が高まり、犯罪もののノンフィクションを続けて読む。
『消された一家』では、現実のものとは信じられない異常な出来事が、たんねんな取材により再構築され、読んでいて背筋が寒くなった。

◎大崎善生『将棋の子』講談社文庫
プロ棋士を目指す若者たちが集う「奨励会」を舞台に、挫折した者たちの姿を描くノンフィクション。羽生善治ら「光」の部分でなく、彼らの踏み台となった無数の「陰」の部分にスポットを当てる、その視線が温かい。

◎太田哲也『クラッシュ 絶望を希望に変える瞬間』幻冬舎文庫
レース中の事故により生死の境目をさまよった著者が、再起するまでを綴った手記。壮絶なリハビリ、大やけどで変わってしまった容貌への自己嫌悪…。一時は自殺を考えた著者が、絶望を乗り越えていく様に、胸が熱くなる。

◎塚田努『だから山谷はやめられねえ 「僕」が日雇い労働者だった一八〇日』幻冬舎アウトロー文庫
大学の卒論を書くために日雇い労働の現場に潜入した作者が、そこでの日々と、人々との出会いを通して、自身の内面を見つめる。人生ドラマはカラフルで、一筋縄ではいかないものだと思わされる。

◎川原テツ『名画座番外記 「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記』幻冬舎アウトロー文庫
ヤクザ映画専門映画館の舞台裏を描く手記。登場人物たちのデタラメぶりが、味わい深い。


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